マラコフ
Intro
ヴォー州(レマン湖地方)を発祥とする、チーズを衣につけてフライした丸い揚げパンのような伝統料理。元々は1850年代のクリミア戦争時に参加したスイス傭兵によって考案されたといわれています。スイス西部のフランス語圏で広く食べられていますが、とくにレマン湖畔のワイン産地ラ・コート地区の村々が有名です。
概要・説明
グリュイエールなどのチーズを、小麦粉、卵、白ワイン、そして時にはマスタードやキルシュ(チェリーの蒸留酒)を少し加えた衣に浸して揚げたチーズボール(チーズフリッター)。外側はカリカリ、中はチーズがとろけて、香ばしい風味が広がります。
マラコフの起源は歴史と深く関係があり、クリミア戦争(1853~1855年)でフランス軍と共に戦ったスイス人傭兵の発案だと考えられています。戦争を終結させたフランス軍によるセヴァストポリ近郊のマラコフ要塞を占領した包囲戦は長く続き、その間、兵士たちが野営地でチーズを揚げて食べていました。戦線に参加していたヴォー州ラ・コート地方出身のスイス人傭兵が帰国後、この勝利を記念して集まり、焚き火を囲んでこの料理を作り、要塞の名前である「マラコフ」と名付けたといわれています。
また、ナポレオン3世が一時逗留していたプランジャンの邸宅(プランジャン城)で、クリミア戦争の退役軍人たちが出席したレセプションがあり、より洗練された料理に改良されたといわれています。その後、プランジャン城で働いていたナポレオンのシェフがエザンEysinsにレストランを開き、看板料理として「マラコフ」を、サラダ、ピクルス、ベビーオニオン、マスタードを添えて提供していたといいます。その料理は、今でもヴォー州ラ・コート地方のいくつかのレストランで味わうことができます。
マラコフは、レマン湖地方といわれるヴォー州を中心に、スイス西部のフランス語圏で広く食べられていますが、とくにヴァンゼルVinzel、リュアンLuins、ベニャンBegnins、ブルザンBursinsなど、ニヨン周辺のワイン産地「ラ・コート La Côte」地区の村々が有名で、古くからのレストランや宿では、家伝のレシピや調理法の秘密が受け継がれています。
レストランの前菜の一皿として供されるほか、一口でつまんで手で食べられることから、ヴォー州では祭りやイベントの屋台でもよくみかける定番料理になっています。有名なモントルーのクリスマス・マーケットでも、マラコフの屋台が出店されます。